2017年02月12日

久々アニメのオシゴト。

 わーい・第二弾。
 久々に某アニメ雑誌の編集者からお電話。この方、とても優れた編集者で、お人柄も良く。以前、ヤマト『復活篇』の時にお世話になった。以降、部内の別部署の(ご自分担当ではない)お仕事なんかでも、ときどき紹介していただいている。ほーんと時々だけど(笑)。
 今回は、「音楽とアニメ」ってなると私んとこ来るんです、ありがたいですねー。
 某人気アニメ(もう放映終了)の音楽について語ってくれーというようなもので、資料として全話のDVDか、買おうと思っていたここのところの特集関係の雑誌とかいろいろ送ってきてもらった。すでに満足(笑)。
 あーはやく取りかかりたい! が、本業の締め切りがまだこれから、20日までに校了しないとね。そこから大車輪だから。

 とりあえずは車の中で、サントラCDだけ聴いてみたけど、なんじゃこりゃ!! の面白さ。ふぅーん、話題になるのって理由があるのよねぇ。これをじっくり聴きこんで、それについて書くなんて、楽しくてしようがないなっ。早くやりたいから、目の前の仕事をがんばろー、とりあえず今日は。いいお天気だしね♪
posted by あると♪ at 14:05| 東京 ☀| Comment(0) | しごと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月26日

わーい。(小栗クンのパパ)

 新日鉄住金音楽賞、というのがありマス。
 2017年1月25日、その「第27回」の受賞者が発表になりました。

 フレッシュアーティスト賞の服部百音さんも嬉しいけど(今号の「サラサーテ」表紙だよん♪)、特別賞に、あの、小栗クンのパパ・・・失礼、ファン目線でいえば。が受賞されました。
 私は俳優・小栗旬くんのファンですが、その実父でいらっしゃる小栗哲家さんをとても尊敬しています。お会いしたことも実際に一緒にオシゴトさせていただいた機会も未だ無いのですが(微妙に専門ジャンルがズレているということもあり)、その作品や実績、やってらしたことが凄い。その周りから育ったスタッフの方々とはたくさん仕事していて、彼の実績というのは人間力含め、余人に替えがたいものがあると感じてきたからです。
 もちろん、旬くんの中にもその影響の大きさを見ています。舞台人としての彼の、若さに似合わない意識の持ち方、人との接し方は、そこに原点があると思えて仕方ないからです。
 わたしのいる業界には、「旬くん=哲家さんの息子さん」という人がけっこういます。そのくらい影響の大きい、ですが表に出ない裏方のドンのような方ですよね。今回の受賞はその実績を認められてのことですが、業界としてもとても大きなことだと感じています。

 単純に、嬉しいな〜〜♪
 ミーハーといってやってください。
posted by あると♪ at 12:00| 東京 ☀| Comment(0) | 舞台とスクリーンの上(文化芸能) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月21日

楽器の盗難

 blogというのは書き分けるものではないなぁと思う。毎日の情報アップは、むしろFBの方が多くて、すぐにコメント来たりとかが面白い。これでLINEにハマってる人もいるんでしょうな。

 知人がヴァイオリンを失くした。疲れて帰ってきて家の前に少しおいておいて気づいたらなかった。本人が「迂闊でした」と、それはもういう通りなのだろうけれども、それでも誰かが持っていかなければなくなるわけはないのだし、実際、失くならないこともあるのだから、当然、盗っていく方が悪い。ここは日本だからね。
 少し前に、駐車場に置いておいた楽器車が、それごと盗まれ、悲痛な叫びをネットに上げていた関係者がいた。これも「盗難」で、楽器だけでなく、その楽団が大事にしてきた楽譜や、演奏用の一切の財産がそこに積まれていたらしい。
 そんなものを駐車場に止めておくなよという話もあるかもしれないが、お金がない小さな楽団だと、そのための保管庫を借りるお金もなかったり、事務所が個人宅だったりする。
 ここで理不尽だなと腹が立つのは、盗んだ方は車があればいいんだということだ。車を盗って、おそらく中身は海にでも捨ててしまって、あと換金して、終わり。盗まれた方は、車はまぁいいだろう、またお金を積んで買うのは大変だろうけれど、それよりも中身の楽譜とか、二度と手に入らないものの方が大切だったはずだ。誰にとって何が大切か、当事者にとっては、換金できる価値はまったく関係がないが、それで演奏活動すら続ける気力を失くしてしまうことだってあるのかもしれない。

 私自身は、一昨年、イタリアで置き引きに遭い、カメラや財布・カードなどのハードは諦めもつくが、失くして一番ショックだったのは、細かなことをすべて書き留めていた1冊の手帳で、それが⒐月だから、2015年の記録は失せたも同然。その後も記録を取る気力さえなくなって、2015年の記録というのは、ネットに上げたものも仕事関係の写真等しか記録が無い。・・・音楽家にとっての楽譜同様、記者にとって手帳というのはそのくらいのものだ、、、と誰に訴えても仕方ない。Macを盗られなかっただけマシというものだろう。

 その折の、会場の警備やイタリア警察の対応には、腹が立つを通り越して呆れたが、さすがに日本でだったら出口を押さえればつかまえられたにちがいない。その時は、クレモナ(だったのだよ)在住の日本人2名(彼らは市民権を持っていて、そこで開業している)に、自分のことのように謝られた。普段は平穏な街で、その手の盗難はあまり無いそうで、イベントに入り込んできた人間(だからおそらく関係者の中にも仲間が入り込んでいるにちがいないと推測された)の仕業だろうという。
 ミラノでスリに遭ったというのなら驚かないし、もっと警戒もしていただろうが、まぁいいけど、手帳だけでもそのあたりに捨てられてないかなとしばらく希望は持っていたのだけれども、だいたいにして、普通の人が「落ちてたから」とわざわざ警察に届ける文化もなければ、警察が扱ってくれない(面倒だから)。そのへんで失せものが出てくるという意味では、日本とフィンランドは双璧に素晴らしいという(個人的)意見を持つに至った。

 ともあれ、楽器は売れば足がつく。出自もわかっていれば持ち主もわかる程度の楽器なので、どこかに確信犯んが入らなければ出てくるはずだが(過去、何度もそういう事件があった)、確信犯が入ればわからなくなっていく。楽器は人に似て大切なものなので、2人の手を介せば盗難ルートはわからないため、善意の第三者として、持ち主だった人が、「経緯は問わない」として買い取ることも多かったが、最近は、その手の”出てこない”ケースが増えている。本来の価値とは別の取引をすれば(価値の何分の一、何十分の一で)それなりに市場はあるようなので、ときおり”出物”があったりするのも、その所為なのかもしれない。ラベルを剥がされ、「無名にしてはいい楽器だね」と売り買いされるケースもあるのだろうきっと。

 盗るのがいいとは思わない。だが食いつめれば誰だって何をするかわからない。しかし人の命の糧に手を出すのは、人としてどうなのだろう。
posted by あると♪ at 11:36| 東京 ☀| Comment(0) | 怒ってみる。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月20日

記憶する・・・本と演奏会

 本もあまりに読む(食い散らかし。けっして”読書”というようなものではなく、ラノベ、コミックス、流行り物、ノウハウ本含む)し、演奏会もあまりにたくさん聴きにいくので、私の記憶容量は少なくて、覚えていられないらしい。貴重な体験をとてもたくさんしているはずなのに、覚えていないことは体験していないのと同じなのではないか? とひところずいぶん悩んだことがある。
 たとえば、あるクラシックの中程度に有名な曲があったとしよう。どこかで流れていた。「あ、この曲知ってる」と言う。なんて曲? と聞かれて、まず答えられた試しがない。「なぁんだ、知らないんじゃん」となる。仲間が「誰々の何番の何楽章だよね」と答える。するとその人の方が”知っている”ことになるようだ。世の中は往々にしてこのようなものだろう。
 その時の、「あ、この曲知ってる!」というのは、たいていの場合、フレーズの最後まで(あるいは途中まで)歌うことができ、暗譜でたぶんピアノが目の前にあれば、適当にだけどもある程度弾くことができる、という意味である。だからといって、曲の名前が出てくるわけではない。ピアノの曲とかだともっと端的で、全部弾けてしまったりするが、曲名は知らない。作曲者名はまぁだいたい傾向でわかる(フンメルだとかモーツァルトだとかベートーヴェンだとかドビュッシーだとか)けど。この場合、私はこの曲を「知らない」のだろうか? というギモンがある。

 例えば演奏会で、ある指揮者が登場したとする。以前に、とてもマイナーだけど、なにかこころ惹かれるものがあって聴きに行っていて、この指揮者で素晴らしい演奏を聴いたけど、楽団名も名前も時期も忘れてしまった。だけどまぁ曲くらいは覚えているし、その感動体験も覚えている、、、これはその人を「知らない」のだろうか?

 知っている=知識 ということなのだと思う。固有名詞ということでもある。
 私たちの世界ではこれは重要で、この”固有名詞を覚える力”というのが私はとても不足していて、暗譜も暗記も苦手だ。だからといって記憶力が悪いというのとは少し違う。シチュエーションを掘り起こせばものすごく細かいことまで覚えているので、たとえば譜面を見て、前のTuttiで注意されたことなどは書いていなくてもほぼ再現できる。
 これを「覚えていられる」ようだったら自分はおそらくものすごく優秀な人間だっただろうし、自分のやりたかったことをまっしぐらに歩いていっていただろうと思う。その世界にはとても必要な能力だったから。・・・自分ではいつも「頭悪いなぁ」と思っているので、固有名詞を特定できないことが、とても悔しい。
 対人関係や仕事ではそうも言っていられないし、私の仕事ではものすごく人に会うので、実は私は非常なメモ魔である。。。最近困るのが、そのメモが分散するということ。デジタル化の波に洗われた20年前くらいから、その傾向は顕著だね。せめて聴きに行った演奏会くらいメモしておこうと思っているのだが、帰ってくると疲れて寝落ちしてしまうので、それもままならない。今年こそは、読んだ本と演奏会はメモしておこう、と何度目かの決心なのである。
posted by あると♪ at 16:04| 東京 ☀| Comment(0) | 書物や雑誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月30日

Dステ「お気に召すまま」その2

 さて続き。感想でも書いてみたいと思います。

 作曲家の笠松さんがとても絶賛していて、稽古に立ち会ってもう嬉しくて仕方ないみたいなことをblogに書いてらしたので、もともと青木豪さんの脚本は好きだし、それじゃぁ行きたいな、行こうかな、と思ってはいたのですが、なにせ、校了。そうしたら「その日程なら終わってもまだあるよ」とまた先輩の悪魔のささやきが・・・(笑)

 オールメールでシェークスピアを、というのは蜷川さんの遺産です。DNA といってもいいかもしれない。となると、あのお葬式に会場の“中に座っていた”方たち、それを受け継ぎ、伝える人たちということになる。演出の青木豪さん、素晴らしいよと聞いて何度か拝見していますが、私は個人的に好きです。この方は、蜷川さんとどういうつながりの方なのかは寡聞にして存じ上げませんが、なんというか、明るくてポジティヴで、しかし押し付けがましくない、私にはとても素晴らしいバランスの芝居でした。

 Dステメンバーで、兄の役を演じた三上さんがおっしゃっていて知ったのですが、「科白はほとんどシェークスピアの時代のを変えてない(松岡和子さん訳)そうです。でしょうね、私が持ってる蜷川シェークスピアの同
 笠松さんがblogで書いてらしたように、あの時代の笑いを再現し、それを現代人に笑ってもらおうというのは非常に難しい。
 これは私もどこかで読みましたが、「笑い」は文化的背景を共有する人の間でしか通じない、、、外国との間でもそうですね。悲しみや怒りは、共通のものですが、だから笑いというのは高度な文化的なものだという話もありました(下卑たる笑いは共通のもののようですが・笑)、

 会場にギリギリに駆け込んだら、舞台の上にはすでに俳優さんたちが黒と白の練習着のような格好で声を出したり体を動かしたりしていました。・・・そういうmethodなのかな? とちょと思って、あぁこのあと始まるんだな、と思った。オーケストラピットの「a」のチューニングのようなものです。
 そして前口上があり、いよいよ舞台がスタート。この説明も適切なら、舞台に客席を巻き込んでいく仕方もスマートで、押し付けがましい感じがありません。つまり通路も劇場、お客さんも舞台装置ですよってことですね。このあと、聴衆は、森の木々になったり、いろいろとします(させられます)。

 科白回しや声、体の動きなど、クラシック音楽と同じで、基礎のきっちりできている人たちの芝居は、見ていてもとても気持ちが良いです。なによりも、言いたいことがスポンと届くので、考えなくて済む。シェークスピアは本当に言い回しが難しいので、仕込むだけでも大変なのですが(課題でだいぶとやりましたが)、言葉そのものは綺麗だしリズムがあるので、それに最初、私、「オールメール(全員男)って言ってるけど、女子、いるじゃん?」て思っちゃったんですよ。二人ほど、動きも見かけも女の子にしか見えない人がいました。でも、あとでわかったけど、やっぱり男性でしたのよ。すごいなり切り方。

 ともかく楽しかったし、笑のツボも不自然じゃなかった。
 それと皆さん、体がよく動く。ダンスもしっかりバロックダンスだったし、生演奏との掛け合いは素晴らしかったし、ストーリーも大変わかりやすくて楽しかった。
 兄弟の和解が、かなり唐突感がありましたが、でもハッピーエンドです。あぁ感想になってないな。

 エネルギーというか、鍛えられた感覚での作品で、シンプルで美しくて楽しかったです。またDステ、取れたら見に来ようかな。そんな舞台でした。応援します。
posted by あると♪ at 00:19| 東京 ☀| Comment(0) | 舞台とスクリーンの上(文化芸能) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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